雄としての俺を元気付ける言葉

この記事で引用した「俺の独り言」というサイトだが、もう一つ俺好みのことが書いてあったので引用する。

性欲とは:
独り身の寂しい日々が続いてる。これといって寂しいと思うことはない。
だが、、 人には、と言うか動物には、性欲という、どうにもならないものがある。
「恋人なんか必要ない」と言い切れる生活をしているのだが、こいつだけはどうにもならない。
恋愛とも違う、人恋しさとも違う、単なる欲求なのだ。
性欲とは、必要な時期に、必要とした時のみあればいいものなのに、
人には常に備わってしまっている厄介な機能だ。
溜まれば出したくなるのだ。疲れて帰ってきても、眠くて瞼が重くなっていても、
性欲はやってくるのである。無性にやりたくなるのである。
そこには獣に成り下がった自分がいるのだ
どうにもならない衝動を成就してやった後、俺は人に戻る
獣に成り下がっていた、数分前の自分を忌み嫌うことになるのだ
動物ですら、年に数回しか繁殖期はやってこないというのに、、
人という生き物は、年中フィーバー状態なのだ。
ある意味、一番出来の悪い生き物なのかもしれない。
こんな能力は日々の生活には無用だ。特に独り身の生活にはまるで必要がない。
封印してしまえるものなら、次の活躍の時まで、そっとどこかに閉じこめてしまいたい。
冷静かつ悲痛な思いとは裏腹に、俺は今夜も獣になる。

今度は気に入っている部分に下線を引っ張った。これを書いた方は直接表現していないが、「獣になる」というのは「自慰行為にふける」ということだろう。

後天性有尾人男性フェチの俺には「獣に成り下がった自分」というのは「シッポが生え(自発、でも受動だったらもっと興奮する)何度も自慰行為にふける自分」のことである。以前は多くやりすぎると痛くなってしまったのだがなぜか最近は痛くならなくなっているので文字通り何度も繰り返している。

これを書いた方にはシッポを生やしより獣に近づいてほしい。今でもお元気でいらっしゃることを望む。

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